
ABOUT
春は新品のスーツに身を包む若者を横目に襟を正し、夏はシャツの中に吹きこむ風にくすぐられ、秋は金木犀の香水に合う上着が無性に欲しくなり、やがて冬が私の隣の枕から起き上がるように、不意にやって来る。 季節が変わるたび、いまごろあの人はどうしているだろうか、と思う。 冷えた体をなにかで包みたい一心で、デパートへ寄り道した。なにげなく選んだ服を見て、またいつもとおなじ色を選んでしまったことに気がつく。いつも、こうなのだ。なぜ私は、この色が好きなのだろう。小学生の時、母に選んでもらったランドセルの色合いを思い出す。あの時は珍しいランドセルの色を疎ましく思っていたけれど、気がつけばそれはお気に入りになっていた。デパートを出る。気分は良い。ニューヨーク・バーへと向かう。私は道を歩き、自分が好きなものをなぜ好きなのか、考えていた。いま私の身を包んでいる服と素材、そのカラーリング。好きな本や映画、しばしば出かける街。よく目を凝らして過去を遡れば、自分の好きなものはたいてい、幼い頃に母が見せてくれた景色に根を張り、つながっていた。もうパークタワーへ到着するという時、そう思ったのだ。エレベーターに乗って、41階に到着した。ここから街を見下ろすと、あちこちで過ごした日のイマージュが、たしかな感覚をたずさえて夜景から芽生えてくる。私は、この街でしっかり生きている私を実感しはじめた。 ここにいつか、母や大切な人を連れてきたいと思う。「大切な人」を包む雰囲気は、宇宙よりかは海に似ていて、円というほど平べったくはなく球体という感じだ。なんというか、はてしなく広いようで、どこかで私へと結局つながっているみたいだ。そうして、また私のいない場所へ向かって、静かにゆっくり広がってゆく。渡り鳥の喉の膨らみ。彼らが渡る、はるかな海のことを思う。彼らがついばみ、どこか暖かい場所に落としていく丸い種のことを考える。いまは都会のアスファルトの上に健康な根を持つ草花を咲かせたい。私は田園を愛するように都会を愛している。